半導体不足が世界中の製造業に影響を与える中、ベトナムでは半導体産業発展のチャンスが訪れています。近年、外資系企業の注目をあつめるベトナムの半導体産業の今を詳しく解説します。
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ベトナムの半導体市場
世界の半導体事情
世界半導体貿易統計(WSTS)のデータでは、世界の半導体市場は2021年時点で 5,270億USDの規模に達しており、2022年は前年比で年率8.8%で成長すると予想されている。
地域別では世界最大の半導体チップ市場である中国の半導体市場の売上高は2021年比27.1%増加している。また、アメリカの半導体市場は2021年比27.4%増加しており、過去最高の成長率を達成した。ヨーロッパの半導体市場は2021年比27.3%、日本の半導体市場は2021年比19.8%、アジア太平洋及びその他の地域の半導体市場は2021年比25.9%成長した。
半導体チップの世界的な需要不足はすぐに解決できる問題では無いと予想されている。韓国自動車技術研究院の専門家は、2020年末頃から世界的に自動車用半導体不足が顕在化した。2022年は自動車業界に深刻な影響を与えているが、2023年以降も半導体不足により世界中の多くの自動車メーカーに大きな影響を与える可能性があると予測されている。IHS Markitのデータでは自動車用半導体の需要は2027年までに2,093億USDに達すると予想されており、年間平均成長率は8%程度で推移すると予想されている。
ベトナムの半導体市場
Technavioのレポートではベトナムの半導体市場は2021年~2025年にかけて市場規模が16億5000万USD拡大し、年間平均成長率は約6.52%と予想されている。
近年、Intel社やSamsung社、Synopsys社、TSMC社等の世界的な大企業が半導体チップ製造のためにベトナムで多額の投資を行っている。韓国のSamsung社は約9億2,000万USDを追加投資し、ベトナム国内の拠点で半導体部品の製造を行うと発表しており、引き続きベトナムが同社の半導体重要生産拠点と考えている。また、アメリカのIntel社はベトナムに約15億USDを投資しており、同社最大の半導体部品組立及びテスト工場を構えている。また、台湾のUSIエレクトロニクス、日本のルネサスエレクトロニクスなどを含めたその他の主要半導体関連企業もベトナムに工場等を建設している。
2022年8月にベトナム最大の通信事業者であるViettel社は、国内向け及び海外輸出用の半導体チップの研究及び設計、生産への参画をチン首相に提案した。同社は2018年以降半導体チップの研究及び生産に約4,000万USDを投資しており、ベトナム国内の5G通信拠点で使用される機器向けの半導体チップの設計にも成功している。
また、先日ベトナムの民間最大手のICT企業であるFPT Corporation子会社である FPT Semiconductorがベトナム国内で設計し、韓国で製造した半導体チップを発表した。FPT Softwareの副社長は、FPT Semiconductorは今後2年間で2,500万個の半導体チップユニットをベトナム国内及び海外市場に供給するとコメントした。
半導体不足によるベトナムの製造業への影響
昨年から始まった世界的な半導体チップ不足は、様々な業界に深刻な影響を与えている。ベトナム国内では企業により状況が異なる。ホンダベトナムの代表者は世界的な半導体チップ不足状態でもホンダベトナムの自動車生産及び組立活動には影響が出ておらず、ベトナム市場への自動車の供給源には問題が無いとコメントした。
トヨタベトナムの代表者は、ベトナム国内向けのモデルの生産及び組み立てに関しては世界的な半導体チップ不足の影響は受けておらず、国内にある自動車ディーラーでは顧客の注文を受け付けており、予定通りに車両を納品しているとコメントした。
ベトナムスズキ株式会社の代表者は、同社がベトナム国内で製造している自動車(キャリートラック、ブラインドバンなど)、海外から輸入している自動車(スイフト、XL7、エルティガ、シアズなど)の中でベトナム国内で製造している自動車が半導体チップ供給不足の影響を受けているとコメントした。
また、ベトナムの電気自動車メーカー(VinFast社)の北米での予想売上はチップの供給不足により、生産及び販売が大きく減少すると予想されている。また、韓国のヒュンダイブランドの自動車を製造するベトナム企業(TC Group)は、世界的な半導体やハイテクチップ、コンポーネント不足により、ベトナム国内で生産する一部のヒュンダイブランドの自動車の生産・供給に影響が出るとコメントした。
他国がベトナムで半導体産業に参入する理由
イギリスの市場調査会社(Infiniti Research)傘下のTechnavioのレポートでは、ベトナムを含めたベトナム国内及び世界各国で消費者需要が増加し、半導体の需要が増加しているため外資系企業がベトナム国内の半導体工場へ積極的な投資を行っている。ベトナムは半導体分野におけるアジアの新興市場として認知されている。
また、ベトナムで半導体産業に参入する主なメリットとしては、若い世代が多く、若い労働者を集めやすい、比較的人件費が安いなどがある。ベトナム政府は国際的な慣行に合わせて自国の法的枠組み等を調整しながら、海外との貿易及び海外からの投資の門戸を開いている。また、ベトナムには将来的な発展イメージを含めた明確な計画を持ち、常に学び、改善する地元のエコシステムがある点もメリットと考えられる。
米国半導体産業協会(SIA)は、アメリカのIntel社及び韓国のSamsung社のベトナムでの事例からベトナムの半導体産業に参入するメリットが分かると解説している。具体的には、ベトナムは高い競争力のある国であり、熟練労働者が増えている事や地理的に海に面しているため海外への輸出が容易な点などが高く評価されSamsung社はベトナムでの半導体製造を決定したと言われている。
ベトナムは、シンガポールやマレーシアよりも労働市場で優位に立っている。しかし、フィリピンやインド、タイのようにベトナムと同様に比較的安い人件費で、多くの人材を集める事が可能な国が半導体生産に非常に関心を持っているため、ベトナム政府は半導体分野に関する独自の政策等を検討・整備している。
外資企業のベトナムの半導体産業への参入状況
Samsung
Samsungは1938年に設立された韓国に本社を置く世界最大のテクノロジー企業である。同社は、1996年からベトナムへの投資を開始し、累計数百億USDをベトナムに投資している。現在、同社ベトナム法人(Samsung electronics Vietnam)はベトナム最大の生産規模を誇る外資系企業かつ、ベトナム最大の外国直接投資企業でもある。
同社は、 2022年2月にタイグエン省の自社工場に9億2,000万USDを追加投資し、半導体部品生産を開始すると発表した。同社ではベトナムは引き続き半導体分野の重要な拠点と考えている。また、同社ベトナム法人(Samsung electronics Vietnam)では今までに約12億USD以上を投資し、半導体の重要な構成部品の1つである半導体チップグリッド製品の生産に注力してきた。
現在、Samsung社ではフリップフロップチップグリッドアレイ(FC-BGA)の製品のテストを行っており、計画では2023年7月からタイグエン省の同社ベトナム法人(Samsung electronics Vietnam)の工業で量産を開始する予定。また、同社は2022年中にベトナムにさらに33億USDを投資する予定で、2022年末までにベトナムでの累計投資額は200億USDを超えると予想されている。
同社ではベトナムで家電製品の製造、スマートフォンの製造を行っているが、半導体事業はベトナムでの3番目の事業となる。Samsungが半導体生産をベトナムで行う決定をしたことは、ベトナムが今後グローバル製造センターになることを見込んだ投資と考えられる。
Intel
Intel社は、1968年に設立されたアメリカの大手テクノロジー企業である。同社は、2006年に約3億USDを投資してベトナムでの事業を開始した。同社は現在までにベトナム子会社(Intel Products Vietnam)に約15億USDを投資しており、Intel社の拠点の中で世界最大の組立工場及びテスト工場を持つ規模になっている。また、同社は今後もベトナムへの直接投資を継続・拡大すると発表している。
同社は2021年に約4億7,500万USDを投資し、ベトナムで最先端のマイクロエレクトロニクスアセンブリ及びテスト工場を建設すると発表した。2021年の時点で、 同社ベトナム法人(Intel Products Vietnam)は世界中の顧客に30億以上の製品を出荷している。また、2022年5月末、同社ベトナム法人(Intel Products Vietnam)の組立工場及びテスト工場の基板処理改善に関するイノベーションにより、同社が何百万もの半導体チップを市場へ供給し、同社の成功に重要な貢献をしたと言われている。
上記のようなベトナム子会社(Intel Products Vietnam)の活動・取り組みにより、Intel社の全体の半導体チップの組立てを80%速くするのに貢献しており、世界的な半導体供給不足の解消に向けて貢献している。また、ベトナム子会社(Intel Products Vietnam)では毎年20億USD以上の収益獲得に貢献している。
AMKOR
Amkorは米国に本社を置く半導体パッケージング及びテストサービスのアウトソーシング等を行う世界最大のサプライヤの1社である。同社は1968年に設立され、半導体パッケージテストとパッケージング処理のパイオニア企業であり、現在は世界をリードする半導体メーカーやファウンドリー、エレクトロニクスOEMなどの戦略的製造パートナーになっている。
同社は2021年11月にベトナム北部のバクニン省にあるイェンフォンII-C工業団地で半導体部品製造及び半導体組立、テスト工場の建設に向けたプロジェクトに関する契約を締結した。同計画では、2035年までに同社がバクニン省で約16億USDを投資し、イェンフォン工業団地内の23haのエリアに半導体部品製造及び半導体組立、テスト工場を建設する。工場に必要なインフラはベトナムの大手企業(Viglacera) が提供する。
同社では上記プロジェクトの一環として、最初に2022年第1四半期からの5年間で約5億2,000万USDを投資し、高度なシステムインパッケージ(SiP)アセンブリ及びテストソリューションの提供に注力すると発表している。
同社はベトナムでの半導体関連工場の建設により、ベトナムの工業がより繁栄する大きな勢いを生み出し、同時に外国メーカーからの新たな投資の波が起きると予想している。
Synopsys
SynopsysはS&P500にもランクインしている大手企業で、電子製品やソフトウェアアプリケーションの開発を行う革新的な企業の主要パートナー。同社では、電子設計自動化(EDA)及び半導体IPを専門としており、業界で最も幅広いアプリケーションセキュリティテストツール及びサービスを提供している。同社は、ベトナムは有望な投資先として同社が選んだ国の中に選ばれている。
同社はベトナムでの投資額を開示していないが、サイゴンハイテクパーク (SHTP)では30のライセンスを寄付しており、ベトナムで半導体設計に必要な人材を育成するために2,000万USD以上を提供している。
また、同社はベトナム国内の大学のソフトウェアプログラムに関係する助成金プログラムを通じて、サイゴンハイテクパーク (SHTP)への半導体チップデザインセンターの設立を支援している。同社はこれらの活動を通じてベトナムで高度な半導体設計が出来る人材を育成し、ベトナムの半導体開発を促進することを目的としている。
同社がベトナムでの投資や支援を拡大している理由は、大学などの教育分野及び半導体産業の両方への継続的な協力・支援を通じて、ベトナムの半導体設計に必要な人材を育成したいという思いがある。
Hana Micron Vina
Hana Micronは2001年に設立された企業で本社は韓国にある。同社は指紋センサーパッケージや無線周波数(RF)パッケージなどの半導体パッケージを専門に取り扱っている。同社では近年、半導体の小型化や軽量化に対応したチップスケールパッケージング(CSP)及びシステムインパッケージング(SiP)の供給増加への貢献により注目されている。
同社は、2016年に約1,200万USDを投資してベトナム北部のバクニン省に工場を建設し、2017年に稼働を開始した。同社の計画では、今後ベトナムで半導体装置及びコンポーネントを生産するために約5億USDの投資を予定している。同社のベトナム拠点は、電子部品及び照明器具に関係する半導体製品にフォーカスしている。
同社は、約4,160万USDを投資し、2020年3月にベトナムで2カ所目の工場を建設したが、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で開所が計画よりも遅れた。新しい工場は20,000平方フィートの面積があり、同社は新しい工場を使用し、スマートフォンや半導体メーカーからの新規注文などに対応する予定。
ベトナム政府の半導体に関する政策と動向
半導体産業への優遇税制
急速に経済が発展しており、潜在的なポテンシャルが大きなベトナム市場は半導体産業を含めて外資系企業や外国人投資家には魅力が多いが、ベトナム政府(計画投資省外国投資庁:FIA)は、半導体産業を含めた海外の企業に対する経済発展政策や半導体分野への投資優遇政策は十分では無いとコメントしている。
現在、半導体産業はベトナム政府が定めた投資インセンティブに関する法律(政令31/2021/ND-CP)で指定した投資インセンティブ対象に含まれる産業に含まれており、優遇税制等が適用される。具体的には、一定期間又は投資プロジェクトの実施期間全体にわたって、通常の税率よりも低い法人税率が適用され、法人所得税に関する法律に従い免税や減税、その他のインセンティブが適用される。
また、輸入及び輸出税に関する法律に従い、固定資産を製造するために輸入する商品や原材料、供給品、製造のために輸入される部品に対する関税免除などが適用される。また、土地使用料や地代、土地使用税の減免に加えて減価償却や課税所得の計算する際の控除可能な費用に関してもインセンティブが設定されている。
上記投資インセンティブを適用する方法等に関しては、政令31/2021/ND-CP第23条に詳細が記載されている。
「Make・in・Vietnam」の推進
半導体チップ不足が世界中の様々な製造業に壊滅的な打撃を与えている中でベトナムは半導体産業を大きく発展させる機会に直面している。近年、外資系企業や外国人投資家がベトナムで半導体事業を行うために投資したり、ベトナムを有望な候補地として高い関心を持っており、上流工程に必要な半導体チップ設計エンジニアの育成から半導体部品製造施設や半導体材料などを含めた幅広い分野に興味・関心を持っている。
多くの利点があるベトナムでの半導体チップの生産は「Make・in・Vietnam」の開発意向にも沿っている。ベトナムの半導体産業が成功すれば、通信機器やコンピューター、医療機器、軍事機器などのハイテク製品の世界的なサプライチェーンに参画することができる。そのため、国内でもFPT社やViettel社などのITや通信分野の大企業が世界的なチップ不足を踏まえて、国内需要及び海外輸出するために自社製半導体チップの製造を目指している。
半導体分野の専門家はベトナムでの半導体チップの製造は、世界中で半導体チップが不足している事に加え、ベトナム政府がデジタル政府やデジタル経済/デジタル社会への転換(DX)を進めている適切なタイミングで行われているとコメントしている。
ベトナムの半導体産業の中長期的な計画・目標として上流工程の研究開発を行っていく必要があるとされている。ベトナム政府は、世界中の半導体に関わる大企業をベトナムに誘致し、ベトナム国内での研究開発拠点の設立や研究開発拠点の拡大をし易い投資優遇政策などを検討・導入、継続するとしている。
ハノイ在住のベトナム人。名古屋大学で文部科学省奨学金の日研生として留学経験有り。日越の翻訳、通訳などが得意で、日本語教師の経験有り。ハノイで日系IT企業に入社後、主に総務・人事、日本親会社との取引業務を約3年経験し、その後長野県で日本企業で勤務。